コレクション

風流甚目寺参詣の記(ふうりゅうじもくじさんけいのき)

高力猿猴庵(こうりきえんこうあん)著・画

文政5年(1822)成立

江戸時代後期写

開帳の参詣者で賑わう甚目寺観音境内の様子

風流甚目寺参詣の記

猿猴庵の本

 『風流甚目寺参詣の記』は、尾張藩士高力種信(こうりきたねのぶ)が甚目寺観音の開帳について記した滑稽本である。猿猴庵(えんこうあん)などの号を用いて著された彼の作品は、市井のできごとを綴った『猿猴庵日記』の他、名古屋城下で開催された見世物や祭り、開帳、芝居や珍しい事件などを記録した絵本を中心に百種を超えている。名古屋市博物館では、これまで収集した猿猴庵の作品を原寸大のカラー写真、翻刻、現代語訳、解説などで紹介する「猿猴庵の本シリーズ」を刊行しており、『風流甚目寺参詣の記』もその中の一本である。本書の全容については、第28回配本(令和2年)に収録されているので、詳しくはそちらを参照されたい。

記録か創作か

 本書は、これまで博物館が刊行してきた、猿猴庵が見て、聞いて、記録した絵本とは趣がずいぶん異なっている。その理由は、都鹿斎(とろくさい)と折助の二人が、甚目寺観音の開帳をめざして、珍道中を繰り広げるという架空の話、滑稽本というところにある。まず、都鹿斎、折助の二人の登場人物は、『東海道中膝栗毛』に範をとったものである。都鹿斎の名前は、「ばかばかしい」「あほらしい」という意味の名古屋弁「とろくせえ」であり、いかにも滑稽本の登場人物にふさわしい。さらに、この「都鹿斎」は猿猴庵が用いた号のひとつでもある。はたして、本書の都鹿斎が、猿猴庵自身を意図して書いたものかどうかは確かではないのだが、「これまで刊行してきた記録絵本と異なる架空の話の中で、猿猴庵がどのように描かれるのか」と思ってしまう。そして新たな猿猴庵作品の魅力発見に期待が高まってしまうのである。

 そこで、「都鹿斎」という名前だけでなく、猿猴庵が本書の登場人物であるという可能性を別の視点からもう少し考えておこう。彼の日記や記録をみていくと、作品の舞台である甚目寺の開帳がたびたび登場する。文化2年(1805)の開帳では『張州勝藍開帳集(ちょうしゅうしょうらんかいちょうしゅう)』の中で霊宝や絵馬について詳しく解説しているし、文政4年(1821)の開帳では、彼の日記の一本である『金明録』で、海女の鮑捕りと木曽の材木乗りの見世物があったことが記されている。そしてこれらの霊宝や見世物は、滑稽本にも登場しており、本書が猿猴庵の取材をもとにして書かれた創作(架空の話)ということは間違いない。そして開帳を実見した猿猴庵自身が都鹿斎となって創作の中に登場したとしても不自然ではないだろう。一体、本書の中で猿猴庵はどんな珍道中を繰り広げたのか。ここでは、ほんの少しではあるが、幕を開けて覗いてみることとしよう。

滑稽本にみる開帳の楽しみ

 甚目寺開帳へ出向いた都鹿斎と折助。二人は「てんつく、てんつく」という音に誘われて見世物小屋に近づいていく。口上の「ご評判、ご評判、鮑捕りの海女じゃ、鮑捕りの海女じゃ」という声につられて小屋の中に入ってみると…。

 折助「こりゃ、まったく見えない」都鹿斎「いま、どぼんと音がした。飛び込んだようだ」、観客が多いからか、海女が池の中に潜ってしまったからか、二人には、海女が鮑を捕っている様子が一向に目に入ってこない。そうこうするうちに、「見世物が終わったので、先に入った人は代わってください」と追い出されてしまう。

 期待して入った見世物のあてがはずれたと口惜しがる二人だが、懲りずに木曽の材木乗りの小屋へと入っていく。先ほどの見直しということだったが、これもあっという間に終わってしまい、結局「損をした」といって小屋を出る羽目となる。

 開帳に出た見世物を楽しむはずが、残念な結果に終わった二人は、甚目寺への道中、上萱津村の権薬師(かりやくし)の開帳へ立ち寄るのだが、見世物の木戸銭で散財したため、賽銭をけちって歌の奉納ですませる始末。「拝みます今日ささげますおひねりを盆(ぼん)の際(きわ)まで権(借り)薬師様」と詠んだ歌は「参拝するのに必要な金銭を盆の支払い期まで権薬師様にお借りしよう」という洒落である。なるほど、本書に書かれた猿猴庵、いや、都鹿斎と折助の道中は滑稽なできごと、やりとりでいっぱいのようだ。

材木に乗った筏師(いかだし)と三味線などで構成された囃子方(はやしかた)を描く

木曽の材木乗りの見世物

江戸時代を体感する

 取材をもととした本書からは、江戸時代の人々の息づかいなども感じとれる。例えば、見世物小屋での木戸番と二人のやりとりや、開帳における講の者や草履番、絵解きたちの会話などは、実際にそのようなことが行われていたと感じられる。

 「お代は見てのお帰り」は、私達になじみある見世物の口上だが、江戸時代の見世物は木戸銭先払いであったし、開帳の順路は一方通行で、入口で脱いだ草履は草履番が出口へと運んでくれた。寺宝に関する解説は絵解き師という口上が務めた…などなど。本書では創作部分の物語を彩る細部の描写などは実際の取材をもとにつくられており、これまでの猿猴庵の記録絵本で取り上げなかった江戸時代の人々の言葉のやり取りなどがわかるところが非常に興味深い。

 まとめてみると、「江戸時代の人々の息づかいを体感しつつ、猿猴庵とともに開帳の旅へ出かける」、本書の最大の魅力はここにあるのだろう。この機会に、ぜひ、江戸時代の開帳の旅を体験してみてはいかがだろうか。

(武藤 真)

 『風流甚目寺参詣の記』は常設展示をしておりません。ご注意ください。

 また、本書は「猿猴庵の本」シリーズ第28回配本として刊行されています。